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法政大学山岳部ログ

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法政山岳部の山行記録とかいろいろ。

南アルプス紀行・その7(接阻峡)

 合宿から下山後、僕たちは接阻峡という所で休養しました。この接阻峡には池下先輩のおばあちゃん家があります、そこでお世話になりました。北田と久保田はその後帰京しましたが、池下先輩、鈴木はこの後の大井川山行までの間、滞在しました。。。
 某先輩からの熱い要望もありますので、一応“接阻峡編”もUPしときます。



 接阻峡は南アルプスの麓にある、非常に小さな集落です。

 ここには大井川が流れていますが、今は川を堰き止め、長島ダムがあります。このダムは色々と有名ですよね。ダムができるに当たり、接阻峡でも沈む何軒かの家は立ち退いたようです。
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▲長島ダム。
 下流の金谷(島田市?)から千頭までは大井川鉄道(SLも走ってます)が、その上、井川までは井川線というトロッコ電車が電源開発や材木の搬出用に敷設され、現在は観光客で賑わって(?)います。昨日僕たちもそれに乗って、接阻峡温泉までやってきました。
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▲千頭から先、島田へはSLやレトロな電車が・・・。
 ちなみに光岳から寸又峡温泉までは寸又峡林道というものがあります。この林道、かつては井川線・沢間駅(池さんの実家の最寄駅)から分岐して、さらに小さなトロッコ電車が寸又峡林道を走って、木材を運搬していたようです。その線路跡があの寸又峡林道になったようです。
 ですから日本山岳会の大先輩から、昔は光岳の下山はずっと線路道だったから歩きづらくて大変だった、と聞いたことがあります。
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▲井川線のトロッコ電車。
 ちなみに×2、話はコロコロ変わりますが、大井川はよく“箱根八里は馬でも越せるが、越すに越せぬ大井川”と言われましたが、ダムだらけで今はその面影は無く、人間でも越せそうです。。。
 その“馬でも越せぬ大井川”を利用して、ダムができる前は南アで切り出した木材を、人工的な鉄砲水を起こして、麓・島田まで流送していたようです。
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▲島田市には、大井川に架かる“世界一長い木造橋”である「蓬莱橋」がある。去年どっかの誰かに連れて行かれました。
 接阻峡は、度々池下先輩のブログでも登場するように梅津神楽というものも有名なようですが、僕は全くその筋は分かりません。茶畑しか無いような感じですが(勿論ゲーセンも、コンビニも無い)、静かで、落ち着いていて、とても良い場所だと思います。

 まぁ接阻峡の概要は、こんなもんです。


8月20日(木) 快晴
接阻峡(休養) お洗濯、反省会

 合宿が終わったというのに、皆さん5時には起床。

 昨年同様、茶畑への消毒作業をみんなでお手伝い。

 その後は、装備をすべて洗濯。ザックからフラットソール、、、とにかく洗えるものは全て洗濯しました。
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 午後は、夏山合宿の反省会。とても有意義な時間だったと思います。そして今日も温泉に入り、早くに寝ました。
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▲朝晩は涼しいですが、日中は陽射しがとても強い。
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▲お、おまえら・・・。
 毎食、自家製の採れたて夏野菜。贅沢な食事と時間だ。美味しぃ~。

8月21日(金) 晴れのち曇り
北田・久保田:接阻峡→帰京
池さん・鈴木:接阻峡+散策

 今日、北田と久保田は昼前のトロッコ電車に乗って帰京する。お弁当と、おばあちゃん、池下先輩、鈴木プレゼンツの牡丹餅を持って。接阻峡温泉駅で涙の別れをしました。いや、涙は出てないか。。。まぁ長い間、お疲れ様でした。
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▲接岨峡温泉駅にて。
 接阻峡に残った2人は午後、詰まった雨樋のお掃除をしたあと、散策に出発しました。

 接阻峡から、目指す先は「奥大井湖上駅」。整備され歩き易くて山深い散策路。ずっと、長島ダム沿いに付けられた道を行きますが、途中から急登をこなし、林道に出ます。気持のよい林道を歩きながら目的地を目指しましたが、なかなか着かないため、途中で引き返しました。
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▲日本一長い、階段吊橋。
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▲結構山深い散策路、その名も“ラブロマンスロード”(笑)。
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▲接阻峡ってこんな場所でした。
 夜はまた温泉に入り、久し振りにMステを見て就寝。Mステじゃなくて21世紀少年を見れば良かった・・・。


8月22日(土) 晴れ
接阻峡=(車)島田・藤田先生宅

 今日は明日からの大井川山行の準備のため、麓の島田に移動します。

 朝、池下先輩のお母さんに迎えに来て頂き、接阻峡をあとにする。今年もありがとうございました。

 途中、池下先輩の実家に寄り道し、噂の愛猫“ミーちゃん”見物(?)。う~ん、ずっとミーちゃんに観察されていて緊張しました。でも狐の様な感じで、そして“耳をすませば”に出てきそうな感じで、何とも不思議で可愛い猫でした。こりやぁ、自慢するだけありますね。
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▲噂のミーちゃん。
 その後は、大井川の広い河原を見ながら一路島田へ。島田駅で下ろしてもらいました。どうもありがとうございました。

 大井川山行には僕と池下先輩、そして先輩の母校である島田高校ワンダーフォーゲル部の恩師藤田先生と後輩で現在は静岡大学山岳部の森下君と行きます。藤田先生のお宅に皆集合しました。

 ここで計画を立て、釣りの仕掛けを作り、色々と準備をし、夜は先生の奥さん、息子さんを交えて、決起集会的な焼肉パーティーをしました。。。美味しい焼酎を頂いたのですが、、、疲れているのか急激に酔いが回りました。

 まだ下界の島田は暑く、まだ夏は終わってないんだと実感し、何だか安心したと言ったらおかしいですが、まだまだ夏は長い、楽しまなくては、という気持ちにさせてくれた、そうゆう夜でした。

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※次回、大井川山行をUPします。

※冬山偵察山行(笠ヶ岳)もUPしました。こっちです。


鈴木
by hacblog | 2009-09-22 00:13 | 合宿 | Trackback | Comments(3)
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Commented by かつ親父 at 2009-09-24 11:24 x
我々の週間シルバーウイークは高橋会長と東鎌尾根を辿ってきました。よい天気でしたが、肺のぶっ壊れた会長は大変そうでした。
↑大変良い所ですね、こういう所で育ちたかった。我々の世代ではライフル銃立てこもりのキンキロウ事件=寸又峡と結びついています。トロッコ軌道はそこら中にありました。身近な所では笛吹川の広瀬ダムの辺り(私が中学生の時キャンプに行った時歩きました)高瀬川の高瀬ダムで水没した辺りにもありました。徳本峠への登山道もトロッコ軌道跡だったはず。
歩幅が合わず歩きにくい事夥しかったですが、もうないねー
Commented by すずき at 2009-09-25 00:14 x
東鎌尾根お疲れ様でした。シルバーウィークは天気も良かったようで、山には最高でしたね、きっと。

法政は残念だながらシルバーウィークは存在せず、授業があり、尚且つ僕は体調を崩していたため、羨ましいです。

線路歩き、、、大変というか、歩きづらいですよね。。。僕も中高6年間は毎日線路歩きがありました(笑)
Commented by マツケン at 2011-04-28 23:22 x
島田高校ワンダーフォーゲル部の藤田先生(昨年退職)は息子の恩師で森下くんは息子の一年先輩です、自分も南に釣りに入りますので島田に来られた時には、山、釣り等一緒に連れてってください。